わたしが まだ わかかったころに


    第六夜

 ヒットラーが復活したと云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大
勢集まって、しきりに下馬評(げばひょう)をやっていた。
 給水塔めいた鉄塔の所には、大きなナチス党旗があって、鍵十字が斜(なな)めに中ボス
ステージを隠して、入り口を隠すやうに伸(の)びている。黒と朱塗(しゅぬり)の門が互
いに照(うつ)り合ってみごとに見える。その上が好い。門の左の端を眼障(めざわり)に
ならないように、斜(はす)に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出(つき
だ)しているのが何となく古風である。昭和時代とも思われる。


 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、平成の人間である。その中(うち)でも
オタクが一番多い。エミュを漁っているから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ」と云っている。
「人間を拵(こしら)えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。
 そうかと思うと、「へえワイヤーだね。今でもワイヤーアクションをやるのかね。へえそ
うかね。私(わっし)ゃまたワイヤーはみんな海腹川背ばかりかと思ってた」と云った男が
ある。


「どうも面白そうですね。なんだってえますぜ。昔から何が面白いって、ヒットラーの復活
ほど面白いFCソフトは無いって云いますぜ。何でも星のカービィよりも面白いだってえから
ね」と話しかけた男もある。この男はストⅡTシャツを羽織って、S.T.A.R.S帽をかぶってい
た。よほどのカプコンマニアと見える。
 ラッドは見物人の評判には委細頓着(とんじゃく)なくワイヤーとロケット砲を動かして
いる。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、屋根の壁當(あたり)をしきりに引っ
掛けて行く。

 ラッドは頭に針山の棘のようなものを乗せて、サングラスだか何だかわからない黒いものを

目で括(くく)っている。その様子がいかにも小学生が考えたくさい。わいわい云ってるオ
タクとはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分までヒットラーが生き
ているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見てい
た。
 しかしラッドの方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命にぶらさがっ
て。仰向(あおむ)いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、

「さすがはカプコンだな。眼中に我々なしだ。天下のソフト会社はただナムコと我(わ)れ
とあるのみと云う態度だ。天晴(あっぱ)れだ」と云って賞(ほ)め出した。

 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すか
さず、

「あのワイヤーの使い方を見たまえ。大自在(だいじざい)の妙境に達している」と云っ
た。

 ラッドは今太いワイヤーを一寸(いっすん)の高さに横へ出し抜いて、飛び上がったと見
るや否や斜(は)すに、上から敵の頭上に着地した。壁にぶつかって跳ね返ったと思った
ら、屋根にめりこむと側面からたちまち浮き上がって来た。そのワイヤーの入れ方がいかに
も無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。

「よくああカプコンはワイヤーを使って、変幻自在な移動ができるようにするなどと考えた
ものだな」と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)のように言った。するとさっ
きの若い男が、

「なに、あれはカプコンがゲームを作るんじゃない。あの通りの神ゲーカプコンのなかに
埋(うま)っているのを発売日を待つまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだ
からけっして間違うはずはない」と云った。

 自分はこの時始めてカプコンのゲームとはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら
もすぐにでも新作を待つべきだと思い出した。それで急に自分もカプコンのゲームをやって
みたくなったから見物をやめてさっそく家(うち)へ帰った。

 姉の貯金箱から五千円を巻き上げて、ツタヤに行ってみると、せんだっての地雷ゲーを、
薪(まき)にするつもりで、木挽(こびき)に挽(ひ)かせた手頃な奴(やつ)が、たくさ
ん積んであった。

 自分は一番大きいのを選んで、勢いよくやりはじめて見たが、不幸にして、神ゲーは見当
らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも神ゲーはなか
った。自分は積んである薪を片(かた)っ端(ぱし)から彫って見たが、どれもこれもが旧
作の改悪というべき

ものに等しかった。ついに21世紀のカプコンにはとうてい神ゲーは埋(うま)っていない
ものだと悟った。それでヒットラーの復活が今日(きょう)まであがめられているいる理由
もほぼ解った。