蝦蟇

sexyhoya_kouzou2005-06-23

  (中 略)
 話は飛ぶが、前にも言ったように、中国の伝説に出て来る蟇仙人に仕えている蟇は前足が二肢、後足が一肢という変ったものだそうであるが、ちょうど虞美人草が虞美人の化身だという言い伝えをここにもって来て、蟇仙人の蟇が蛙の真似をして水に飛び込んで溺れ死んだ後に菱ができたという作り話をこしらえて見ると、どうもこの菱は棘が三つでないと都合が悪い.そこで四つ角菱二つ角菱等の仲間に三つ角菱というものが仲間入りをして来てもよいことになり、この菱には何か魔がさしておってもよかりそうである.
 私は劈頭から何ということなしに四つ角菱に炭素、二つ角菱に酸素や硫黄をあてがい三つ角菱に窒素をふりあてて来たが、窒素にこの物語りをあてはめて行くと窒素を持っている物が何か不可思議な性格をもっているのもうなずくことができる.第一にアミノ酸という窒素の崇拝者連中が寄り集まって蛋白という私共にも手の下しようのない代物を作っているかと思っているとグルタミン酸プロリン等と言うアミノ酸は「うまい」と言う味の所有者であったり、かと思うと遺伝の魔法を司るのが、またアミノ酸の一つのトリプトファンの分家のオキシトリプトファンであったり、真に端倪すべからざるものがある.アセトアニリドすなわちアンチヘブリンのごときも、誰が見ても、こんなものが強い解熱作用を持つとは思われないのに、人によって中毒はするものの今だに愛用されるのも蟇菱の化身の窒素が中心になっていればこそであろう.
  (中 略)
 ところで仙人の蟇をもち出して来たのにはもう一ついわれがあるのであって、窒素は蟇の化身だけに角が三本ときめて置いても、このモルフィン自身は水にとけぬ癖に塩酸水にも酢にもわけなく溶けてしまうのである.これを些細にしらべると、塩酸や醋酸のような酸を窒素菱が抱き込み、その結果として塩酸モルフィンや醋酸モルフィンができて溶けているのである.それにしても角は他の元素との結びつきにもうすっかりつかっているのにと思うと、チャンと妖術をつかって怪しげな角を、どこにかくしているものか二つも出して、塩酸なら塩素と水素とにわけてこの角に吸いつけているのである.すなわち窒素菱は三つ角菱に違いないが、隣の炭素に酸素がついてけん制していない限りは、酸が近くへ来ると腹の中から角を二つ出して五つ角菱に化けて他の元素菱の角五つと吸いつき合うものなのである.これが窒素化合物の特性であって、化学者は研究にしばしばこの特性を利用して隠れている窒素の有無や性質までも調べる方便につかっている.
  (以下略)


《引用》伏見康治・監修,「日本の科学精神2 自然に論理を読む」,
p.303,工作社(1978)/初出,1949